みなさん、おはようございます!
LGBTQ対応コンサルタントの廣川衣恵です。
皆さん、自分の「好き」を大切にしていますか
好きな気持ちに素直に従うと
自信に繋がるってご存知でしょうか
例えば赤が好き
真っ赤なルージュを素直に付けてみる
深紅のセーターを着てみる
周囲には派手だなと思う人
実際に「ちょっと派手じゃない」と
言ってくる人がいるかもしれない
だけど好きな気持ちに従って使い続けていると
だんだん
「あなたらしいね!」
「元気に見える~」
「いいね!」
と言われるようになる。
好きなことを恥ずかしいなんて隠すのは
自分を認めていないのと同じです
当然、自信を持てるはずがない
外の世界
学校や職場、さまざまある所属先
そこではとても自分に素直になれない
外で作らなければならない顔もあるかもしれない
けれど我慢しなくていい場面でも
習慣となってしまい
自分の好きを抑えたりしていませんか
少し周囲を見回して
自信ありそうだなと思う人を見てください
他人が「何それ!そんなことが好きなの」と
バカにするようなことでも
堂々と「これが好き!」と言える人たち
自信がある人は
自分の好きなことを
やりたいことを
本当に大切にしています
そして
気が付くことがありませんか?
そうです
自分に自信を持って生きている人たちは
皆、幸せそうに輝いています
素直に我慢せずに「好き」を大切に
自分を表わせたら幸せにも繋がりますよ
遠慮なんてしなくていいですよ
自分の好きを表現することに
そんなことを言われても
好きなこと、好きなものが見つからない
そんな時は
過去に読んだ本や観た映画に
改めて触れてみる
以前とは違うところで感動したり
気づかなかった事に気づいたり
良いと思ったところが響かなかったり
知らず知らずに起きた変化があると思います
変化自体は良くも悪くもありません
でも変化に気づいたら
心の声を聴くチャンス
どう思う?
どうしたい?
きっと大切にした物事に変化が起きているはずです
自分のことって
一番自分が分かっていそうで分からないものだから
自分と向き合う時間を作らないと
永遠に分からないままになってしまいます
折々に大切にしたい時間です
人は誰もが色んなこだわりを持っている
料理や掃除
字の書き方
洋服や靴
それぞれの生き方の現れ
こだわるのは心地よく過ごしたいから
極めると自信になる
妥協せずに生きようよ
固執すると苦しくなるから
変化の度に手放して
自分らしいこだわりを大切に
執筆者プロフィール
廣川 衣恵(ひろかわ きぬえ)
教育大学岩見沢校非常勤講師(人権教育・男女共同参画社会担当)
互いの個性や多様性を認め合い、誰もが生きがいと誇りを持ち自分らしく生き切ることができる日本を創ろうと起業準備中
- 廣川 衣恵のプロフィール
北海道札幌市生まれ。
4歳からピアノを習い、高校2年生から浜松の伯父宅に寄宿し、東京の音大教授に師事するも親の都合により進学が叶わず18歳の春に泣く。
2年ほど自宅でピアノ教室を主宰するが、元々、母の希望で習っていたピアノ。音大も出ていない自分が教えていていいのかという葛藤と将来の展望が描けず就職活動を開始。
しかし、新卒者ではない私に社会は厳しかった!
面接に行く度「もう、お嫁にいきなさい」などと断られ続け「私は社会で必要とされていない」と感じてとても悲しかった20歳春の涙。モデルクラブに所属してアルバイトをしながら、悩みに悩んで公務員試験にたどり着き、
どこかで必ず誰かのお役に立つ仕事だと信じ昭和54年札幌市職員として働き始めます。高校卒業から3年、21歳春やっと自立の途。28歳で結婚、不妊治療の甲斐あって、やっと31歳で長男を33歳で次男、36歳で三男を出産。育児休業制度がない時代、産前産後8週で仕事に復帰して仕事と子育ての両立に必死。まさに髪振り乱しての10年間。
息子たちが将来、掃除や洗濯、料理のために結婚相手を選んでほしくないと思い、三男の入学を機に重点を仕事にシフトチェンジ、45歳でやっと係長試験に合格。
子育てで培った時間管理、優先順位をつける、切り替え能力、マルチタスク処理能力などを活かしゼロイチの仕事をたくさんさせてもらいました。
私は、たくさん失敗をしてきて、失敗したらどうしようという怖れがないことが良かったと思っています。
東日本大震災の時には、企業から寄付を集めて福島の子どもたちのための保養所を作ったり、早々に脱原発を掲げた姉妹都市のミュンヘン市から寄付を募るため市民団体に随行してドイツ講演会を開催したり、最後は政令市初となる性的マイノリティのためのパートナーシップ宣誓制度の策定までしたいと思う仕事をさせてもらうことができて幸せでした。
定年後、認定こども園の園長を3年ほど経験させていただきながら多様性が尊重される共生社会の実現を目指して講演活動や研修を行ってきましたが、2021年秋よりフリーランスとなりました。
活動の原点となるのは、私自身のマイノリティ体験。ある時、上司に「3人子どもがいるということは、あなたは、それだけ働いてこなかったということだ」「同じ年数を働いてきた男性と比べて明らかに劣る」と配属された初日に言われ、大変ショックでした。
組織の中の多様性とは、結婚している男性を標準とするのではなく、違いのある人たちがいるって認め合うことだと思います。
夢は、孫世代(現在、4歳~0歳まで5人の孫がいます)が大人になった時、誰もが安心して自分らしく働ける愛ある職場を創りたい!
そして、子どもも大人も自由に夢を語る日本にしたい!そう思って活動しています。