皆さん、おはようございます!

札幌在住の廣川衣恵(ヒロカワ キヌエ)です。

 

赤ちゃんが生まれたら、とにかく元気に育ってほしいと願い、

おっぱいを飲んでオシッコやうんちが順調に出ていれば、

ひとまず安心していられます。

 

そして、声を出した、笑ったという小さなことが喜びとなります。

 

それが徐々に他の子どもと比較するようになり、

学校へ行く頃には目に見える「成績」で評価するようになって

一喜一憂するように変化します。

 

もちろん、これが親子関係の全てとは言いませんが、

今の日本で少なからず見られる現象であることは間違いないでしょう。

 

そこに存在するだけで尊く愛しいものが、

一つの評価軸でしか見られなくなった時の不幸です。

 

この評価軸は、子どもだけではなく大人も苦しめています。

自分自身に嫌気が差したり生きることに疲れてしまったり…。

 

これまでの右肩上がりの経済成長時代には、

一つの評価軸で生きることが効率を高めパターン化された

商品や生き方にマッチしていたのだと思いますが、

「安定」も「継続」も危ぶまれる時期に入って、

見えないものの価値が高まっています。

 

学力よりも心の知能指数「EQ」を育てることが大事にされるなど、

変化のスピードが速い今に対応する力は

どのようなものかを考える人が増えているからだと思います。

 

しかし、「多様性の時代」と言われながら

多様性が尊重されていると実感できないのは、

凝り固まった評価軸から抜け出せないからではないでしょうか。

 

日々の生活で当たり前と思われている事柄を

受け入れ難く感じている人たちがいます。

 

それを「〜すべき、〜であるべき」という

固定概念(偏った評価軸)で決めつけてしまうと

排除や偏見を生みだしてしまいます。

 

私たちは生まれ持った境遇やこれまでの人生で得た個性を

一人ひとりが持っています。

 

そのどれか一つに着目して語られるとき、

それはきっと差別と感じられるのです。

 

今、日本では子どもから大人まで自死される方が

とても多いという悲しい現状がありますが、比較や競争、

そして優劣を付けるといった評価軸から離れ、

多様性や共生といった別の価値観、

評価軸があることに触れる機会があったなら、

違う選択肢に気づくこともできたのではないかと思います。

 

「~でなければならない」と決めつけるのではなく

「そう思わない人もいるのでは?」と立ち止って考えてみる。

 

こうした他者への寛容な視線と理解を育むことが、

自分自身を受容することにもつながり

社会に温もりや安心感をもたらすものと思います。

 

どうか一度、考えてみてください。

 

執筆者プロフィール

廣川 衣恵(ひろかわ きぬえ)

教育大学岩見沢校非常勤講師(人権教育・男女共同参画社会担当)
互いの個性や多様性を認め合い、誰もが生きがいと誇りを持ち自分らしく生き切ることができる日本を創ろうと起業準備中

廣川 衣恵のプロフィール

北海道札幌市生まれ。

4歳からピアノを習い、高校2年生から浜松の伯父宅に寄宿し、東京の音大教授に師事するも親の都合により進学が叶わず18歳の春に泣く。

2年ほど自宅でピアノ教室を主宰するが、元々、母の希望で習っていたピアノ。音大も出ていない自分が教えていていいのかという葛藤と将来の展望が描けず就職活動を開始。

しかし、新卒者ではない私に社会は厳しかった!
面接に行く度「もう、お嫁にいきなさい」などと断られ続け「私は社会で必要とされていない」と感じてとても悲しかった20歳春の涙。

モデルクラブに所属してアルバイトをしながら、悩みに悩んで公務員試験にたどり着き、
どこかで必ず誰かのお役に立つ仕事だと信じ昭和54年札幌市職員として働き始めます。高校卒業から3年、21歳春やっと自立の途。

28歳で結婚、不妊治療の甲斐あって、やっと31歳で長男を33歳で次男、36歳で三男を出産。育児休業制度がない時代、産前産後8週で仕事に復帰して仕事と子育ての両立に必死。まさに髪振り乱しての10年間。

息子たちが将来、掃除や洗濯、料理のために結婚相手を選んでほしくないと思い、三男の入学を機に重点を仕事にシフトチェンジ、45歳でやっと係長試験に合格。

子育てで培った時間管理、優先順位をつける、切り替え能力、マルチタスク処理能力などを活かしゼロイチの仕事をたくさんさせてもらいました。

私は、たくさん失敗をしてきて、失敗したらどうしようという怖れがないことが良かったと思っています。

東日本大震災の時には、企業から寄付を集めて福島の子どもたちのための保養所を作ったり、早々に脱原発を掲げた姉妹都市のミュンヘン市から寄付を募るため市民団体に随行してドイツ講演会を開催したり、最後は政令市初となる性的マイノリティのためのパートナーシップ宣誓制度の策定までしたいと思う仕事をさせてもらうことができて幸せでした。

定年後、認定こども園の園長を3年ほど経験させていただきながら多様性が尊重される共生社会の実現を目指して講演活動や研修を行ってきましたが、2021年秋よりフリーランスとなりました。

活動の原点となるのは、私自身のマイノリティ体験。ある時、上司に「3人子どもがいるということは、あなたは、それだけ働いてこなかったということだ」「同じ年数を働いてきた男性と比べて明らかに劣る」と配属された初日に言われ、大変ショックでした。

組織の中の多様性とは、結婚している男性を標準とするのではなく、違いのある人たちがいるって認め合うことだと思います。

夢は、孫世代(現在、4歳~0歳まで5人の孫がいます)が大人になった時、誰もが安心して自分らしく働ける愛ある職場を創りたい!

そして、子どもも大人も自由に夢を語る日本にしたい!そう思って活動しています。

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