おはようございます!

LGBTQ対応コンサルタントの廣川衣恵です

 

物や情報があふれ

簡単に手に入るインスタントな今

 

果たして豊かになったのでしょうか

 

ともすれば乏しくなったような気がするのは

私だけでしょうか

 

何かにつけ効率を追い求めて

せわしなく過ぎる毎日ですが

ほっと一息、ゆるりと過ごす時間を

大切にしたいと思っています

 

振り返ると

子育て中は本当に時間に追われ

ゆるりとした時間とは無縁でした

そう思っていました

 

フルタイムで働いていたこともあり

私が子育てでしたことと言えば

ご飯を作ることと

寝る前に絵本を読んであげるだけ

 

宿題も見てあげたこともなく…

元気で笑っている限り大丈夫と思っていた

完全に放任だった

 

良い母親になろうという意識もなかったし

なれるとも思っていなくて

 

ただ一生懸命に生きる後姿だけは

見せておきたいと思っていた

 

孫がいる歳になって

息子たちと良く話すのが絵本のこと

 

物語を味わうという楽しみを知る

これが人生にとても素敵なプレゼントに

なったということ

 

絵本の何冊かが彼らを支え寄り添うものになっていた!

そうと知った時の喜びは

私自身の生き方をも全肯定されたような大きな喜びとなりました

 

そして分かったんです

1秒も時間に余裕のない生活と思っていたけれど

絵本を読むという、なんと豊かな時間を与えてもらっていたか

 

物語に入り込み泣いたり笑ったり

ドキドキし過ぎて眠れなくなったり

物語の世界を存分に楽しみ

息子たちと心の通い合うあたたかな時間

かけがえのない豊かな時間でした

 

人はいつか必ず大切な人を残して

この世を離れていきます

 

大切な人たちに何を残したいか何が残せるか

今、一生懸命に考えています

 

私は絵本を通して一つ残せた気がしています

 

心の通い合うあたたかな時間を通して

人生には楽しいことだけじゃなく苦しいこともある

けれど、どんな時も希望はあることを

 

そしてここからは、何としても

互いの違いを尊重し合って、心からの笑顔があふれる社会を

すべての人が輝く未来を創っていきたいと思っています

 

皆さんにとっても私の絵本に代わるものが

きっとあるはずです

 

何が残せますか?

そしてこれから何を残していきますか?

 

充実した人生を生きるって

こんなことを考えながら生きることなんじゃないかな

息子たちとの会話から思い浮かんだことでした

 

執筆者プロフィール

廣川 衣恵(ひろかわ きぬえ)

教育大学岩見沢校非常勤講師(人権教育・男女共同参画社会担当)
互いの個性や多様性を認め合い、誰もが生きがいと誇りを持ち自分らしく生き切ることができる日本を創ろうと起業準備中

廣川 衣恵のプロフィール

北海道札幌市生まれ。

4歳からピアノを習い、高校2年生から浜松の伯父宅に寄宿し、東京の音大教授に師事するも親の都合により進学が叶わず18歳の春に泣く。

2年ほど自宅でピアノ教室を主宰するが、元々、母の希望で習っていたピアノ。音大も出ていない自分が教えていていいのかという葛藤と将来の展望が描けず就職活動を開始。

しかし、新卒者ではない私に社会は厳しかった!
面接に行く度「もう、お嫁にいきなさい」などと断られ続け「私は社会で必要とされていない」と感じてとても悲しかった20歳春の涙。

モデルクラブに所属してアルバイトをしながら、悩みに悩んで公務員試験にたどり着き、
どこかで必ず誰かのお役に立つ仕事だと信じ昭和54年札幌市職員として働き始めます。高校卒業から3年、21歳春やっと自立の途。

28歳で結婚、不妊治療の甲斐あって、やっと31歳で長男を33歳で次男、36歳で三男を出産。育児休業制度がない時代、産前産後8週で仕事に復帰して仕事と子育ての両立に必死。まさに髪振り乱しての10年間。

息子たちが将来、掃除や洗濯、料理のために結婚相手を選んでほしくないと思い、三男の入学を機に重点を仕事にシフトチェンジ、45歳でやっと係長試験に合格。

子育てで培った時間管理、優先順位をつける、切り替え能力、マルチタスク処理能力などを活かしゼロイチの仕事をたくさんさせてもらいました。

私は、たくさん失敗をしてきて、失敗したらどうしようという怖れがないことが良かったと思っています。

東日本大震災の時には、企業から寄付を集めて福島の子どもたちのための保養所を作ったり、早々に脱原発を掲げた姉妹都市のミュンヘン市から寄付を募るため市民団体に随行してドイツ講演会を開催したり、最後は政令市初となる性的マイノリティのためのパートナーシップ宣誓制度の策定までしたいと思う仕事をさせてもらうことができて幸せでした。

定年後、認定こども園の園長を3年ほど経験させていただきながら多様性が尊重される共生社会の実現を目指して講演活動や研修を行ってきましたが、2021年秋よりフリーランスとなりました。

活動の原点となるのは、私自身のマイノリティ体験。ある時、上司に「3人子どもがいるということは、あなたは、それだけ働いてこなかったということだ」「同じ年数を働いてきた男性と比べて明らかに劣る」と配属された初日に言われ、大変ショックでした。

組織の中の多様性とは、結婚している男性を標準とするのではなく、違いのある人たちがいるって認め合うことだと思います。

夢は、孫世代(現在、4歳~0歳まで5人の孫がいます)が大人になった時、誰もが安心して自分らしく働ける愛ある職場を創りたい!

そして、子どもも大人も自由に夢を語る日本にしたい!そう思って活動しています。

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