おはようございます!

LGBTQ対応コンサルタントの廣川衣恵です

 

童謡の「どんな色がすき」が大好き

特に歌詞の最後が好き

 

(中略)

「いろいろいろいろ

いろんな色がある

どんないろがすき(ぜんぶ)

ぜんぶのいろがすき

みんないっしょになくなるよ

ぜんぶのクレヨン」

 

実際には全て一緒になくなることはないけれど

赤色は赤色らしく

黄色は黄色らしく

青色は青色らしく

 

それぞれの美しさで

画用紙を彩っていく

 

赤色は黄色を羨ましがらないし

黄色も青色を羨ましがらない。

 

赤色に「なんか黄色っぽくないね」

と言っても

当たり前に落ち込まない

「だって私は赤色だもん!」

 

誰かと比べて落ち込んだり

自分が上だからと態度が大きくなったりもしない

 

人はどうだろう

 

もちろん容姿端麗で頭脳明晰

スタイルも良くてセンスもばっちり

そんな人に憧れるし羨ましくもある

 

けれど指をくわえ、羨んでいる間に

人生の時間はどんどん消えていく

まるでロウソクが燃え尽きていくように

 

ありのままの自分

良いところも欠けたところも受け容れたら

自分が生まれもったもの、授かったものを磨くだけ

そうすると自然と魅力が開花していく

 

人生には「赤色」が良かったのに

「黄色」が良かったのに

「青色」が良かったのに

 

そうしたら、こんな苦労はないのにと

思うことは山ほどあるけれど

 

それは神さまが種まきをしてくださっているもので

一つひとつの経験が与えられたミッションに基づくもの

 

授かったものを磨くうちに

他の人の羨ましかったことの陰にある

欠けたところにも気がついて、なお命が愛おしくなる

 

そうすると

いいね、素敵だね

一緒に楽しく過ごしましょうと

赤色と黄色でオレンジ色が生まれたり

黄色と青色で黄緑色が生まれる素敵な瞬間に立ち会える

 

私たちはありのままの自分と

ちゃんと向き合って認めているだろうか

 

これができる自分は素晴らしい

だから自分として認めるのではなく

 

できなくてカッコ悪くて惨めな自分も認める

それには勇気がいるけれど

 

成長したいなら見ないふりはできない

車のナビと一緒で

現状(現在地)を知らずにゴールには辿り着けないものね

 

そして何よりマイナス要素として捉えていたことも

与えられたものを磨くうちに

これがあったから自分らしさになる

そうと気づくことも多いのが面白いところ

 

どうか素の自分と向き合って

魅力を活かすためにできることを考えてみてくださいね

 

魅力の無い人なんていないのですから

 

執筆者プロフィール

廣川 衣恵(ひろかわ きぬえ)

教育大学岩見沢校非常勤講師(人権教育・男女共同参画社会担当)
互いの個性や多様性を認め合い、誰もが生きがいと誇りを持ち自分らしく生き切ることができる日本を創ろうと起業準備中

廣川 衣恵のプロフィール

北海道札幌市生まれ。

4歳からピアノを習い、高校2年生から浜松の伯父宅に寄宿し、東京の音大教授に師事するも親の都合により進学が叶わず18歳の春に泣く。

2年ほど自宅でピアノ教室を主宰するが、元々、母の希望で習っていたピアノ。音大も出ていない自分が教えていていいのかという葛藤と将来の展望が描けず就職活動を開始。

しかし、新卒者ではない私に社会は厳しかった!
面接に行く度「もう、お嫁にいきなさい」などと断られ続け「私は社会で必要とされていない」と感じてとても悲しかった20歳春の涙。

モデルクラブに所属してアルバイトをしながら、悩みに悩んで公務員試験にたどり着き、
どこかで必ず誰かのお役に立つ仕事だと信じ昭和54年札幌市職員として働き始めます。高校卒業から3年、21歳春やっと自立の途。

28歳で結婚、不妊治療の甲斐あって、やっと31歳で長男を33歳で次男、36歳で三男を出産。育児休業制度がない時代、産前産後8週で仕事に復帰して仕事と子育ての両立に必死。まさに髪振り乱しての10年間。

息子たちが将来、掃除や洗濯、料理のために結婚相手を選んでほしくないと思い、三男の入学を機に重点を仕事にシフトチェンジ、45歳でやっと係長試験に合格。

子育てで培った時間管理、優先順位をつける、切り替え能力、マルチタスク処理能力などを活かしゼロイチの仕事をたくさんさせてもらいました。

私は、たくさん失敗をしてきて、失敗したらどうしようという怖れがないことが良かったと思っています。

東日本大震災の時には、企業から寄付を集めて福島の子どもたちのための保養所を作ったり、早々に脱原発を掲げた姉妹都市のミュンヘン市から寄付を募るため市民団体に随行してドイツ講演会を開催したり、最後は政令市初となる性的マイノリティのためのパートナーシップ宣誓制度の策定までしたいと思う仕事をさせてもらうことができて幸せでした。

定年後、認定こども園の園長を3年ほど経験させていただきながら多様性が尊重される共生社会の実現を目指して講演活動や研修を行ってきましたが、2021年秋よりフリーランスとなりました。

活動の原点となるのは、私自身のマイノリティ体験。ある時、上司に「3人子どもがいるということは、あなたは、それだけ働いてこなかったということだ」「同じ年数を働いてきた男性と比べて明らかに劣る」と配属された初日に言われ、大変ショックでした。

組織の中の多様性とは、結婚している男性を標準とするのではなく、違いのある人たちがいるって認め合うことだと思います。

夢は、孫世代(現在、4歳~0歳まで5人の孫がいます)が大人になった時、誰もが安心して自分らしく働ける愛ある職場を創りたい!

そして、子どもも大人も自由に夢を語る日本にしたい!そう思って活動しています。

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