カエルの子はカエルでいい

トンビが鷹を生まなくていい

 

向上心が不要だと

言うのではなくて

 

見栄や外聞に

左右されることなく

 

自分らしい

そう思える生き方ができたら

それはもう、十分に幸せなことではないかと思います

 

だからといって、元より親が向上心を無くしてはいけないし

子どもに向上心を期待していけないということではありません

 

師匠から学びました

「トンビが鷹を生んだ」とは

少しでも鷹のようになろうと努力する親の背中を見ていた子どもが

親を追うように学び親より先に成長して鷹のようになっただけ

トンビはトンビなのだと

 

見栄や外聞に左右されることなく

「自分らしい」と思える生き方を選択する力を

持てるようにすることが大事だと思うのです

大人も子どもも

 

後撰和歌集の中に藤原兼輔による和歌があります

「人の親の心は闇にあらねども

 子を思う道にまどひぬるかな」

 

親というものは、心が闇だというわけでもないのに

子のことを思うと道に迷うかのようにうろたえてしまうものだ

という意味です

 

親として子どもの道を歪めることがないようにしたいものですね

 

そして、これは家庭だけではなく

会社などの組織においても言えることではないかと思います

 

私たち人間は遠い昔から大切な我が子、大切な人には

思わず冷静さを欠いた言動を取るなど悩み迷ってきました

 

親であっても上司であっても

良かれと思ってすることにも誤りがあるかもしれません

 

注意されたり叱られたり

その時には関係がぎくしゃくしたりしても

真摯に向き合い対処することで

人間関係はより深く堅く結びついていくものだと思います

 

人との繋がりは広げることも大事ですが

何より深めていくこと、その努力を怠らないことが大切です

 

身の回りへ社会へと目を向けると

気になる出来事、悲しい出来事がたくさんあります

 

少しでもより良い社会へと

明日こそは、今年こそはと願わずにはいられません

 

その願いをそのまま「願い」のままで終わらせず

具体的な手立てを用いて、明日こそはできる!と

少しでも行動していける私たちで在りたいものです

 

親子をはじめとする人間関係の悩み

人類共通の悩みと迷いの中を生きる私たちですが

このブログをご覧くださる皆さまと一緒に切磋琢磨しながら

進んでいけることを楽しみにしてまいりたいと思います

 

どうか新しい年が、皆さまのご家庭に笑顔あふれる日々でありますように

今年もどうぞよろしくお願いいたします

 

執筆者プロフィール

廣川 衣恵(ひろかわ きぬえ)

教育大学岩見沢校非常勤講師(人権教育・男女共同参画社会担当)
互いの個性や多様性を認め合い、誰もが生きがいと誇りを持ち自分らしく生き切ることができる日本を創ろうと起業準備中

廣川 衣恵のプロフィール

北海道札幌市生まれ。

4歳からピアノを習い、高校2年生から浜松の伯父宅に寄宿し、東京の音大教授に師事するも親の都合により進学が叶わず18歳の春に泣く。

2年ほど自宅でピアノ教室を主宰するが、元々、母の希望で習っていたピアノ。音大も出ていない自分が教えていていいのかという葛藤と将来の展望が描けず就職活動を開始。

しかし、新卒者ではない私に社会は厳しかった!
面接に行く度「もう、お嫁にいきなさい」などと断られ続け「私は社会で必要とされていない」と感じてとても悲しかった20歳春の涙。

モデルクラブに所属してアルバイトをしながら、悩みに悩んで公務員試験にたどり着き、
どこかで必ず誰かのお役に立つ仕事だと信じ昭和54年札幌市職員として働き始めます。高校卒業から3年、21歳春やっと自立の途。

28歳で結婚、不妊治療の甲斐あって、やっと31歳で長男を33歳で次男、36歳で三男を出産。育児休業制度がない時代、産前産後8週で仕事に復帰して仕事と子育ての両立に必死。まさに髪振り乱しての10年間。

息子たちが将来、掃除や洗濯、料理のために結婚相手を選んでほしくないと思い、三男の入学を機に重点を仕事にシフトチェンジ、45歳でやっと係長試験に合格。

子育てで培った時間管理、優先順位をつける、切り替え能力、マルチタスク処理能力などを活かしゼロイチの仕事をたくさんさせてもらいました。

私は、たくさん失敗をしてきて、失敗したらどうしようという怖れがないことが良かったと思っています。

東日本大震災の時には、企業から寄付を集めて福島の子どもたちのための保養所を作ったり、早々に脱原発を掲げた姉妹都市のミュンヘン市から寄付を募るため市民団体に随行してドイツ講演会を開催したり、最後は政令市初となる性的マイノリティのためのパートナーシップ宣誓制度の策定までしたいと思う仕事をさせてもらうことができて幸せでした。

定年後、認定こども園の園長を3年ほど経験させていただきながら多様性が尊重される共生社会の実現を目指して講演活動や研修を行ってきましたが、2021年秋よりフリーランスとなりました。

活動の原点となるのは、私自身のマイノリティ体験。ある時、上司に「3人子どもがいるということは、あなたは、それだけ働いてこなかったということだ」「同じ年数を働いてきた男性と比べて明らかに劣る」と配属された初日に言われ、大変ショックでした。

組織の中の多様性とは、結婚している男性を標準とするのではなく、違いのある人たちがいるって認め合うことだと思います。

夢は、孫世代(現在、4歳~0歳まで5人の孫がいます)が大人になった時、誰もが安心して自分らしく働ける愛ある職場を創りたい!

そして、子どもも大人も自由に夢を語る日本にしたい!そう思って活動しています。

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